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「科学的な見方や考え方」の構造化と次期学習指導要領の展望

 次期学習指導要領の改訂議論において、「科学的な見方や考え方」のとらえ方は現行の定義からどのように変更・洗練されるのでしょうか。また、それによって日々の学校現場の理科の授業づくりや指導はどう変わるのか、全体像を分かりやすく教えてください。

 次期学習指導要領では、現行の「資質・能力の3つの柱」の枠組みを維持しつつ、これまで「解説」等に分かれて記述され抽象的だった「見方・考え方」を、「各教科等を学ぶ本質的な意義の中核(重要概念)」として焦点化し、学習指導要領の「本体」へ格上げして明確に位置づける方針が中教審の論点整理等で示されています。
 理科においては、単なる知識の暗記から脱却するため、領域を横断して活用できる「中核的な概念(エネルギー、粒子、多様性と共通性、時間・空間)」と、問題解決の「方略(科学的な見方・考え方、探究過程)」が構造的に整理されます。
 これにより現場の授業づくりは、実験の手順を正しくなぞる形式的な活動から、「ICTや生成AIもツールとして賢く使いこなし、リアルなエビデンスを基に最適解を多角的に推論・判断する高度な探究」へとシフトし、未知の社会課題を解決できる児童生徒の育成を明確に目指すことになります。

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1. はじめに

社会の変化と学習指導要領改訂の周期・背景

 我が国の学校教育の基準となる学習指導要領は、社会の変革や時代の要請、子どもたちの実態を踏まえ、約10年周期で定期的な改訂が重ねられてきました。前回の改訂では、小学校が2020年度、中学校が2021年度、高等学校が2022年度から順次全面実施され、「資質・能力の3つの柱」の育成を軸とした教育課程が展開されています。

 現在、学校を取り巻く環境は激変しています。生成AIの急速な普及に代表されるデジタル転換(DX)、地球温暖化や生物多様性の危機といった環境問題の深刻化、さらには予測困難な社会的・経済的変化など、いわゆるVUCA時代の到来は教育のあり方に抜本的な見直しを迫っています。文部科学省は、こうしたドラスティックな社会変化に柔軟かつ主体的に対応できる人材の育成を目指し、次期学習指導要領(2027年度告示予定、小学校は2030年度、中学校は2031年度、高等学校は2032年度からの全面実施方針)に向けた議論を本格化させています。

科学的な見方や考え方の必要性

 高度に複雑化した現代社会において、溢れる情報から真偽を適切に見極め、エビデンス(客観的証拠)に基づいて論理的に判断する資質・能力は、一部の専門家だけでなく、すべての市民にとって不可欠な「生きる力」そのものです。その中核をなすのが「科学的な見方や考え方」です。

 理科をはじめとする各教科等での学びを通じて培われるこの「見方・考え方」は、単なる科学的知識の暗記に留まるものではありません。自然の事物・現象の中から自ら問題を見出し、仮説を立て、観察や実験を通じてデータを収集・分析し、妥当な結論を導き出すという一連の科学的探究プロセスを支える知的枠組みです。未知の課題に直面した際、感情論や不確かな情報に流されることなく、科学的エビデンスを基に合意形成を図り、最適な解決策を模索するための基盤として、その重要性はかつてないほど高まっています。

2. 現行学習指導要領における成果と現場の課題

現行学習指導要領での科学的な見方や考え方のとらえ

 現行の学習指導要領において、「見方・考え方」は「各教科等の特有な物事のとらえ方や考え方」として位置づけられました。理科における「理科の見方・考え方」は、以下のように定義されています。

「自然の事物・現象を、質的・量的な関係や時間的・空間的な関係などの科学的な視点で捉え、比較したり、関係付けたりするなどの科学的に探究する方法を用いて考えること」

 ここでいう「見方」とは、自然の事物・現象をどのような切り口(視点)で捉えるかというマクロな枠組みであり、主に「エネルギー」「粒子」「生命」「地球」の4領域における「時間的」「空間的」「質的」「量的」な視点を指します。
 一方、「考え方」とは、問題解決を果たすための具体的な思考の方法であり、「比較する」「関係付ける」「分析する」「総合する」といった探究の方法論を意味します。
 現行指導要領は、この「見方・考え方」を働かせることで、知識・技能の深い理解を促し、思考力・判断力・表現力等を育成することを強く打ち出しました。

科学的な見方や考え方の指導状況と現場の課題

 現行指導要領の導入により、学校現場では「主体的・対話的で深い学び(アクティブ・ラーニング)」の視点を取り入れた授業改善が確実に進んできました。観察や実験をただこなすだけの「活動あって学びなし」の状態から脱却し、子どもたちが「なぜそうなるのか」を見通しを持って追究する探究的な場面は増加傾向にあります。

 しかしながら、学校現場には今なお以下のような深刻な課題が横たわっています。

  1. 「見方・考え方」の抽象性と理解不足
    現行の「見方・考え方」の具体的な記述は学習指導要領本体ではなく「解説」のレベルに多く委ねられており、抽象的で分かりにくいという指摘がなされてきました。そのため、日々の授業デザインの中で「今、どのような見方・考え方を働かせ、育てているのか」を教員自身が明快に意識しきれていないケースが散見されます。
  2. 知識習得と探究活動の二項対立
    高校における「理科課題研究」や中学校・小学校の観察・実験において、探究のプロセスそのものが形式化し、学習内容(科学的知識)の確実な定着や概念的理解と十分に結びついていないという課題があります。結果として、入試やペーパーテスト対策としての「知識の詰め込み」と、時間を要する「探究活動」が授業時数の庇迫の中で二項対立のように捉えられがちです。
  3. 校種間の系統性の弱さ
    小学校・中学校・高等学校へと進学するにつれて、理科の学習内容は高度化しますが、それぞれの段階で培われるべき「科学的な見方や考え方」がどのようにステップアップしていくのか、その系統的なロードマップが現場の教員間で十分に共有されているとは言い難い状況です。

3. 次期学習指導要領に向けた最新の議論動向

中教審等の最新議論(2025年〜2026年現在の審議ベース)

 中央教育審議会(中教審)の教育課程企画特別部会は、2025年9月25日に次期改訂の方向性を示す「論点整理」を公表しました。その後、2026年現在にかけては「総則・評価特別部会」や「理科ワーキンググループ(理科WG)」において、より具体的な改善策や取りまとめの骨子案が精緻に審議されています。

 次期改訂の議論を貫く3つの方向性は、「Excellence(質の高い学び)」「Equity(多様性の包摂)」「Feasibility(実現可能性・持続可能性の確保)」です。このうち「Excellence」の文脈において、これまでの「資質・能力の3つの柱」の枠組みを維持しつつも、より「分かりやすく、使いやすい学習指導要領」を目指し、内容の構造化や見直しの議論が徹底して行われています。

科学的な見方や考え方の必要性・意義・定義の再整理

 中教審の理科WG等の最新議論(2026年春の骨子案提示を含む)において、「見方・考え方」の扱いには極めて重要なパラダイムシフトが起きつつあります。

 これまで「解説」等に混在して記述され複雑化していた「見方・考え方」の定義を、次期指導要領では「各教科等を学ぶ本質的な意義の中核(重要概念)」として焦点化し、学習指導要領の「本体」へ明快に位置づける方針が示されています。これにより、教員が迷うことなく授業づくりの軸に据えられるよう明確化されます。

 理科教育における具体的な改善方向としては、以下の点が議論の中核を担っています。

  • 「中核的な概念(Core Concepts)」と「探究の方略(Strategies)」の分離・明確化
    理科の各領域に散らばる膨大な知識をただ教えるのではなく、領域を横断して転移可能な「中核的な概念(エネルギー、粒子、多様性と共通性、時間・空間など)」を明確に構造化します。そして、科学的な見方や考え方、探究過程を「問題解決のための方略」として位置づけ直すことで、未知の状況でも活用できる「生きて働く確かな知識」への昇華を図っています。
  • 小中学校における「物理・化学・生物・地学」の4分野区分の再編案
    現行の「エネルギー」「粒子」「生命」「地球」の4領域での記述から、小・中・高の学習内容の系統性をより分かりやすく繋ぐため、高校の科目名に合わせて「物理」「化学」「生物」「地学」の4分野に再編する方向で審議が進められています(2026年4月理科WG骨子案)。 [2, 11]

実現できる具体的な児童生徒像

 次期改訂の方向性が実現したとき、育まれる児童生徒は次のような姿を示します。

 自ら社会や自然の中から問いを発見し、単にインターネットや生成AIの回答を鵜呑みにするのではなく、自ら仮説を立てて観察・実験のデータを集め、「このデータから何が言えるか」を論理的に考察できる生徒です。
 すなわち、高度デジタル社会(Society 5.0)にあってもデジタル技術(ICT)や生成AIをツールとして賢く使いこなしつつ、リアルな体験やエビデンスを重視して科学的に探究し、持続可能な社会の創り手として自立的に人生を舵取りしていける児童生徒像を目指しています。

4. これからの学校現場・教員に求められる準備と心構え

学校現場・教員に求められる準備と心構え

 次期学習指導要領の理念を絵に描いた餅に終わらせないために、教員は「指導内容の単なる伝達者」から「探究の伴走者・ファシリテーター」へとマインドセットを転換する必要があります。

 重要なのは、学校全体の教育課程にゆとりを持たせる「余白」の創出を意識したカリキュラム・マネジメントです。今回の改訂案では、各学校が地域や子どもの実態に応じて授業時数を柔軟に設計できる「調整授業時数制度」の創設が検討されており、これを利用して質の高い探究時間を確保することが求められます。

 また、評価についても「総則・評価特別部会」の最新方針(2026年5月現在)において、3つの観点のうち「学びに向かう力、人間性等」を原則として「個人内評価(数値化しない見取り)」とし、そのプロセスが思考・判断・表現の過程で特に表出した場合は「思考・判断・表現」の観点に反映させる方向で整理が進んでいます。これにより、挙手回数などの形式的な評価から、児童生徒の科学的な思考プロセスそのものを評価する体制への移行が必要です。

 以下に、科学的な見方や考え方の育成を巡る、小学校・中学校・高等学校の具体的実践事例を、「現行指導要領版」「次期指導要領が目指す姿(議論を踏まえたAI予測版)」の対比の形で詳細に紹介します。

【小学校】第6学年「ものの燃え方」の実践事例

① 現行学習指導要領版:観察・実験と定型の結論を重視する探究

  • 単元のねらい:ものの燃え方と空気の変化に関わり、気体の性質や変化を捉える。
  • 授業の流れ
    1. 集気びんの中でろうそくを燃やし、蓋をすると消える現象を観察する。
    2. 教員が「なぜ消えたのだろうか。空気の何が関係しているか」と問い、児童に予想させる(酸素、二酸化炭素など)。
    3. 水上置換法を用いて、酸素や二酸化炭素、窒素をそれぞれ集気びんに集め、ろうそくの燃え方を調べる実験を行う。
    4. 実験結果から「酸素にはものを燃やす働きがある」「二酸化炭素や窒素にはない」という事実を導き出す。
    5. 燃えた後の空気は、酸素が減って二酸化炭素が増えることを石灰水や気体検知管で確かめ、ノートにまとめる。
  • 本実践における「科学的な見方や考え方」の表出
    • 働かせている「見方」:ものの燃え方を、周囲にある「気体の種類(質的関係)」に着目して捉えている。
    • 働かせている「考え方」:異なる気体の中でのろうそくの燃え方を「比較する」ことで、酸素の特異性を導いている。
  • 課題・限界
    あらかじめ用意された実験セットを使い、教科書通りの結論(酸素=燃やす、二酸化炭素=消える)を効率よく確認する活動に終始しやすく、児童が「気体は目に見えないが粒(粒子)のような存在として入れ替わっている」といった、より高次で転移可能な概念理解にまで到達しにくい。

② 次期学習指導要領版(最新議論を踏まえた発展的探究):重要概念とICTを連動させた探究

  • 単元のねらい:【化学分野の系統性】を見据え、気体を「粒子の実体」としてモデル化して捉え、燃焼現象における物質の保存や変化を科学的に探究する。
  • 授業の流れ
    1. 【問いの創出】 児童はタブレット端末のシミュレーションアプリ上で、密閉された空間の空気(窒素約8割、酸素約2割)が粒子として飛び回るアニメーションを見る。その後、実際の集気びん内でろうそくが燃えて消えるリアルな現象を観察し、「目に見えない空気の粒たちの間で何が起きたのか」を問いかける。
    2. 【仮説とモデル化】 児童は、班ごとにデジタルホワイトボード上で「酸素の粒がろうそくと合体したのではないか」「二酸化炭素の粒がバリアのように炎を包んだのではないか」など、粒子の視点(中核的な概念:粒子)を働かせた仮説を視覚的なモデル図で作成する。
    3. 【探究の実行】 児童は気体検知管だけでなく、デジタルCO2・O2センサー(リアルタイム計測器)を学習用端末に接続する。燃焼中の気体濃度の急激な変化を連続的なグラフデータとして収集する。
    4. 【協働的リフレクションと生成AIの活用】 「酸素が0%になっていないのに、なぜ火が消えたのか」という新たな疑問(問いの高度化)に対し、データを基に議論する。クラスの異なる仮説を比較検討する際、生成AIに「私たちの実験データとグラフを入力するので、矛盾する点を指摘して」とプロンプトを入力し、AIからの客観的なフィードバックを基に、自分たちの考察(考え方:関係付け・分析)を洗練させる。
    5. 【概念の定着と転移】 物質が燃えることは「酸素と結びつくこと(化学変化の萌芽)」であり、全体の粒子の総数は変わらない(質量保存の視点)という本質的な意義(見方:質的・量的関係の統合)を概念として深く理解する。
  • 本実践における「科学的な見方や考え方」の表出(強調表記)
    • 働かせている「見方」:物質の変化を、単なる現象の変化ではなく「粒子の結合と実体(中核的概念)」および「質的・量的関係の連動」の視点で深く捉えている。
    • 働かせている「考え方」:リアルタイムのセンサーデータとデジタルモデルを「多角的に関係付け、矛盾を分析する」という高度な探究方略を用いている。

【中学校】生物分野「植物の体のつくりと働き」の実践事例

① 現行学習指導要領版:観察手順の習得と構造の理解を主とした探究

  • 単元のねらい:植物の身近な観察を通して、葉・茎・根の構造と、光合成・呼吸・蒸散の働きを関連付けて理解する。
  • 授業の流れ
    1. ツユクサの葉の裏側の表皮を剥き、顕微鏡で気孔を観察する。
    2. スケッチを行い、気孔を取り囲む孔辺細胞の構造を確認する。
    3. 教員から「気孔は空気や水蒸気の出口・入り口である」という説明を受け、蒸散の役割について学ぶ。
    4. ワセリンを葉の表や裏に塗ったホウセンカを用いて、どの部分から最も多く水蒸気が出ているかを調べる対照実験を行う。
    5. メスシリンダーの水の減り方を比較し、「蒸散は主に葉の裏側(気孔の多い方)で行われる」という結論を導き、納得する。
  • 本実践における「科学的な見方や考え方」の表出
    • 働かせている「見方」:植物の体を、葉の裏表という「空間的な関係」や、構造と働きという「目的的な関係」で捉えている。
    • 働かせている「考え方」:条件を制御した対照実験の結果を「比較・分析」して、蒸散の場所を特定している。
  • 課題・限界
    顕微鏡のピント合わせやワセリンを塗る操作など、「実験手順を正しくこなすこと」に生徒の意識が集中しがチである。構造の暗記で終わりやすく、「なぜ植物は進化の過程でこのような構造を獲得したのか」という、より広範な生物学的共通性・多様性の視点へと学びが広がりにくい。

② 次期学習指導要領版(最新議論を踏まえた発展的探究):生命の本質に迫る横断的探究

  • 単元のねらい:【生物分野の本質】に焦点を当て、植物の構造を「環境への適応・進化(中核的な概念:多様性と共通性)」の視点で捉え、気候変動データと結びつけて科学的に探究する。
  • 授業の流れ
    1. 【日常との連動と問い】 生徒は、身近な地域の乾燥した場所に生えている植物(多肉植物など)と、日陰の湿った場所に生えている植物の葉を各自のスマートフォンや学習用端末で撮影し、クラウドに共有する。教員は「なぜ環境によって、これほど葉の厚みや形が違うのだろうか。気孔の数や配置に秘密はあるか」と投げかける。
    2. 【デジタル顕微鏡による広範なデータ収集】 生徒は様々な植物のレプリカ(マニキュアを用いた型取り)を作成し、Wi-Fi型のデジタル顕微鏡で観察する。撮影した気孔の画像を全員で共有データベース(Spreadsheet等)に集約し、単位面積あたりの気孔の数を自動計算させる。これにより、個人の実験ミスを内包しつつも「全体の傾向」を俯瞰できるマクロなデータを手に入れる。
    3. 【データの多角的な分析(考え方)】 班ごとに、収集した「気孔の密度・サイズ」と、その植物が自生する環境の「年間降水量・日射量」という環境データを関係付けてグラフ化する。ここで【地学分野(気候)】の知識や【数学(統計・相関関係)】の見方・考え方を教科横断的に駆動させる。
    4. 【生成AIとのディベートと最適解の模索】 生徒が「乾燥地帯の植物は、水分を失わないために気孔の数が少ないか、または開閉を厳密に制御している」という仮説的考察をまとめる。その検証として、生成AIを「反論の専門家」として設定し、「この考察に潜む進化論的な矛盾を指摘して」と指示。AIから「気孔を完全に閉じると二酸化炭素を取り込めず光合成ができなくなるジレンマ(トレードオフ)がある」という指摘を受け、生徒は生命の生存戦略の複雑さに気づき、考察をより洗練(高次な思考・判断)させる。
    5. 【本質的意義の統合】 生物の構造は、すべて環境との相互作用の中で最適なエネルギー効率(中核概念)を目指して形作られているという「生命の本質的な意義」を深く内省する。
  • 本実践における「科学的な見方や考え方」の表出(強調表記)
    • 働かせている「見方」:植物の微視的な構造を、地球規模の環境や進化という「時間的・空間的な広がり(中核概念:多様性と共通性)」の中でマクロに捉えている。
    • 働かせている「考え方」:統計データや相関関係を基に、生存のジレンマを「多角的に統合・推論する」という高度な科学的探究方略を働かせている。

【高等学校】物理基礎・物理「力学(運動の法則)」の実践事例

① 現行学習指導要領版:公式の適用と理想的な条件下での検証実験

  • 単元のねらは:物体にはたらく力と運動の変化の関係を理解し、運動の法則($ma = F$)を平易に捉える。
  • 授業の流れ
    1. 力学台車に異なるおもりを載せ、一軸の力センサーや記録タイマー、あるいは一般的なビデオスケールを用いて運動を記録する。
    2. 記録テープの目盛りを切り貼りして質量ごとの「$v-t$グラフ(速度-時間)」を作成し、その傾きから加速度 $a$ を算出する。
    3. 質量 $m$ を一定にして力 $F$ を変えたとき、力 $F$ を一定にして質量 $m$ を変えたときのデータをそれぞれ処理し、二つの比例・反比例関係を確かめる。
    4. ニュートンの第2法則 $ma = F$ の公式を導出し、教科書の例題(摩擦のない斜面を滑り降りる台車の計算など)を解いて定着を図る。
  • 本実践における「科学的な見方や考え方」の表出
    • 働かせている「見方」:物体の運動の変化を、はたらく力という「因果関係」や「量的な関係」に着目して捉えている。
    • 働かせている「考え方」:変数を一つずつ制御する(質量一定、または力一定)という「条件制御」の方法を用いて考えている。
  • 課題・限界
    実験室の「摩擦や空気抵抗を極限まで取り除いた理想的な世界」だけで法則が完結してしまい、生徒にとって物理の公式が「現実の複雑な社会やテクノロジーとどう結びついているのか」が見えにくく、日常への転移が起きにくい。

② 次期学習指導要領版(最新議論を踏まえた発展的探究):現実社会の課題解決へ転移するシミュレーション探究

  • 単元のねらい:【物理分野の構造化】を踏まえ、運動の法則を「エネルギーの移り変わりや保存(中核的な概念:エネルギー)」と再構造化し、AIやシミュレーションを活用して現実世界の安全技術の設計へ応用する探究を行う。
  • 授業の流れ
    1. 【現実の課題への直面】 教員は、自動車の衝突事故の映像や、自動運転車の急ブレーキ時の車内の映像を提示する。「乗員の命を守るためのシートベルトやエアバッグは、運動の法則 \(ma = F\) をどのように応用して設計されているだろうか」という現実社会の実践的課題を提示する。
    2. 【動画解析による生データの抽出】 生徒は、各自のスマートフォンで「おもちゃの車が壁に衝突する様子」をハイスピード撮影する。それを物理解析アプリ(Tracker等)に取り込み、衝突の瞬間のわずか数ミリ秒($dt$)の間における位置、速度、はたらく力の変化をプロットする。理想化されていない「摩擦や衝撃力(非一定の力)」がはたらくリアルな運動データに直面する。
    3. 【シミュレーションとプログラミングの活用】 生徒は、得られた複雑な運動方程式を解くために、Python等の簡易なコード(またはブロックプログラミング)や数式モデルを用いて、PC上でクラッシュシミュレータを構築する。「衝撃が加わる時間(時間を引き延ばす構造)」を変化させたとき、乗員が受ける平均的な力がどう激減するかを、量的な視点(中核概念:時間・空間・エネルギー)から検証する。
    4. 【生成AIを壁打ち相手にした設計デザイン】 生徒は「高齢者の入る自動運転モビリティの安全シートの設計案」をチームで作成する。生成AIに対し、「運動の法則と衝撃力緩和の観点から、この設計案の弱点と、材料工学的な改善のヒントを提案して」とプロンプトを入力。AIが提示した「粘弾性素材の導入」や「クラッシャブルゾーンの配置」などのアドバイスを物理的に吟味し、最適解を論理的に判断・表現する。
    5. 【価値の創造と本質への昇華】 法則($ma = F$)は、単にテストの問題を解くためのものではなく、他者の命を守るための工学技術の根幹をなすものであるという「物理を学ぶ本質的な意義(価値の創出)」へと昇華させる。
  • 本実践における「科学的な見方や考え方」の表出(強調表記)
    • 働かせている「見方」:運動現象を、数式の中の記号としてではなく、現実社会の安全性や構造デザインという「日常や社会との本質的な結びつき(本質的意義の中核)」の視点で捉えている。
    • 働かせている「考え方」:複雑な非線形データをプログラミング等で「モデル化・シミュレーションし、最適解を統合的に推論する」という、極めて現代的かつ高度な科学的探究方略を駆使している。

5. おわりに

 次期学習指導要領への改訂に向けた中央教育審議会の議論は、「現行の理念をさらに現場へ実装し、深化させること」に力点が置かれています。その中で「科学的な見方や考え方」は、単なる各教科の解説に隠れた脇役ではなく、「その教科等を学ぶ本質的な意義の中核」として、教育課程の最前面に躍り出ようとしています

 これは、現場の教員に対して「さらに新しい教育論を詰め込め」と要求するものではありません。むしろ、これまで行ってきた観察・実験や探究活動の「本質」を見つめ直し、本当に子どもたちに持ち帰らせたい「一生モノの知的枠組み(中核概念と方略)」は何かを、授業の中でシンプルに研ぎ澄ましていく機会であると捉えるべきです。

 生成AIをはじめとする高度デジタル技術が日常に溶け込み、誰でも瞬時に「答えらしきもの」を手に入れられる時代だからこそ、その答えの妥当性を自分の目で、データで、そして論理で吟味する「科学的な見方や考え方」の価値は輝きを増します。子どもたちが学校を卒業した後も、多様な他者と協働しながら、エビデンスに基づいて持続可能な社会を自律的に創り上げていけるよう、今から学校現場全体で次期改訂の趣旨を深く理解し、前向きな授業改善への一歩を踏出していきましょう。

参考文献・出典一覧

  • 文部科学省(2017・2018公表)『小学校・中学校・高等学校学習指導要領』
  • 文部科学省(2017)『小学校学習指導要領解説 理科編
  • 中央教育審議会 教育課程企画特別部会(2025年9月25日公表)『教育課程企画特別部会における論点整理について(報告)
  • 中央教育審議会 初等中等教育分科会 教育課程部会 理科ワーキンググループ(2026年4月15日提示)『理科ワーキンググループにおける審議まとめ骨子案』
  • 中央教育審議会 総則・評価特別部会(2026年5月1日公表資料)『次期学習指導要領における学習評価の在り方について(方向性案)』
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