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次期学習指導要領 社会科「高次の資質・能力」の具体

 次期学習指導要領改訂において、改訂の最大の目玉として議論されている「高次の資質・能力」とは、どんな資質・能力なのでしょうか。

  次期学習指導要領における「高次の資質・能力」とは、単発の用語暗記にとどまらない、未知の状況や将来の社会でも応用できる「転移可能な深い理解(中核的概念/Big Idea)」を指します 。
 現場での誤解を防ぐため、審議会(WG)ではこれを「概念的知識」等と再整理し、各校種で構造化を進めています。
 例えば小学校の防災学習なら「ハザードマップの暗記」ではなく、「被害軽減には公助と自助・共助の組み合わせが不可欠」という社会の本質(仕組み)を腑に落とすことです。
 高校の「公共」であれば、「資源配分には正解がなく、公正と効率のバランスを考慮し選択し続ける必要がある」といった概念がこれに該当します。
 指導者はこれらを丸暗記させるのではなく、単元末に子ども達自身が「つまり社会の仕組みはこうだ」とバラバラの知識を統合し、自力で気付けるよう授業をデザインすることが求められます。

1 高次の資質・能力

高次の資質・能力とは

 次期学習指導要領改訂に向けた中央教育審議会の最新の審議(教育課程企画特別部会および社会・地理歴史・公民WG)において、今回の改訂の最大の目玉として議論されているのが高次の資質・能力です。

 これは、従来の細分化された知識の暗記や単発の思考力の発揮を超え、「知識及び技能の統合的な理解」「思考力・判断力・表現力等の総合的な発揮」を一体的に捉えた概念です。欧米の教育改革で言われる「ビッグ・アイデア(Big Idea:本質的な中核的概念)」に該当します。

 当初使われていた「高次の資質・能力」という表現は、現場の先生方に「レベルの高い、高度な子供だけが身に付けるべき能力」という誤解を与えかねないという懸念から、WG内では「教科の本質的な理解(中核的概念/Big Idea)」や「社会的事象を捉える視点や方法」、あるいは「概念的知識」という言葉へ、より厳密にブラッシュアップされつつ構造化が進められています。

これらは、単なる「個別的な事実の暗記」で終わるのではなく、「未知の状況や、将来の異なる場面でも応用できる(転移可能な)深い理解」を指します。

車の両輪

「A(生きて働く知識・技能の統合的理解)」と「B(思考力・判断力・表現力等の総合的な発揮)」は全く異なるものであり、車の両輪として「両方」が必要です。

「A」と「B」の厳密な違いとそれぞれの必要性

次期指導要領の表形式化(構造化)において、これらは明確に別々の列、あるいは明確に区別された指標として書き分けられます。

A:知識・技能の統合的理解(「構造化された知識・概念」=学びのベース)
  • 意味:
    単発の用語の暗記(点)ではなく、歴史の因果関係、地理的な空間構造、公民の社会システムといった「社会の仕組みや本質(線や面)」を、子供たちが自分の言葉で説明できるレベルで頭の中に構築することです。
  • なぜ必要か(これがないとどうなるか):
    これがない状態での「思考・議論(B)」は、単なる「根拠のない思いつき」や「中身のないおしゃべり」に終始してしまいます。確かな事実と概念的知識(A)という足場があって初めて、深い思考が可能になります。
B:思考力・判断力・表現力等の総合的発揮(「社会に立ち向かう資質・能力」=学びの駆動)
  • 意味:
    上記で獲得した知識(A)を総動員して、「正解のないリアルな社会課題や、見通しの立たない新しい事態」に直面したときに、複数の情報を比較し、多角的に分析し、他者と協働して最適な解決策を構想・表現する力です。
  • なぜ必要か(これがないとどうなるか):
    これがない状態の授業は、どれだけ知識(A)を綺麗に構造化して教えても、結局は「高度な暗記・解説授業」にとどまってしまいます。これでは、社会に出たときに「知識は引き出せるが、実際の課題は解決できない(エージェンシーの欠如)」大人になってしまいます。

表形式化が目指す「AとBの動的な往還」

「A(知識の統合)」があるからこそ「B(思考の総合)」が駆動し、「B(思考の総合)」を発揮するプロセスの中で、さらに「A(知識の統合)」がブラッシュアップされて深く定着するという、双方向のダイナミズムが大切です。

【授業のデザインは、AとBを往還する】

 [A:概念的知識の提示]
 「社会のルールや法は、対立を調整し、みんなの尊厳を守るためにある(概念)」
        │
        ▼
 [B:思考・判断の発揮(外化)]
 「AIの進化に伴う著作権やプライバシーの対立を、どう法的に調整すべきか?」
 (不確実な課題に対して、資料を分析し、議論し、提案を作成する)
        │
        ▼
 [A:知識の深化・アップデート]
 「なるほど、技術が激変する時代には、法は固定されたものではなく、
   常に修正し続ける対話の枠組み(より高次の概念)なんだ!」と気付く

授業実践のポイント

  1. 「Aの時間」と「Bの時間」のメリハリをつける
    1時間の授業の中で、社会の仕組みをしっかり理解・整理して腑に落とすフェーズ(A)と、それを使って実際に問いを追究し、レポートやプレゼン等で「外化」するフェーズ(B)の目的意識を明確に区別する。
  2. 評価を混同しない
    ペーパーテスト等で「社会的な事象の本質的な仕組みを説明できているか」を評価するのが「Aの評価」。パフォーマンス課題等で「未知の課題に対して、根拠(データ)を基に多角的な解決策を論理的に構想できているか」を評価するのが「Bの評価」です。両方をバランスよく見取る必要があります。

今回の改訂は、どちらか片方への偏重(知識偏重、あるいは活動あって学びなし)を是正し、「豊かな知識(A)に裏打ちされた、実践的な思考力(B)を育てる」ための構造改革です。
 高次の資質・能力のより具体的な具体例を示します。

高次の資質・能力の具体

「豊かな知識(A)に裏打ちされた、実践的な思考力(B)を育てる」高次の資質・能力

校種等A(生きて働く知識・技能の統合的理解)B(思考力・判断力・表現力等の総合的な発揮)
小学校(社会科) 小学校では、身近な地域から我が国の国土・歴史へと視野を広げる中で、個別事象の共通点から見出す「社会の仕組み」の理解を目指します。


【地域社会・生産の理解】個別知識: スーパーマーケットの工夫、地元の農家の努力
中核的概念: 「地域の人々の仕事は、消費者の願いや社会の動向と深く結びついており、互いに支え合うことで地域社会が成り立っている。」

【国土の環境・防災】個別知識: 輪中地域の暮らし、東日本大震災の教訓、ハザードマップ
中核的概念: 「自然災害のリスクは地域ごとに異なり、被害を減らすためには、公的な備え(公助)と、自分たちや地域で助け合う意識(自助・共助)を組み合わせることが不可欠である。」
 次期学習指導要領の社会系教科において、単元や科目のゴール(子供たちに最終的に定着させたい汎用的な見方や統合的理解)として示される予定の「高次の資質・能力」の具体例(審議案のイメージ)です。

【知識の統合的理解】の例:
「我が国の食料生産や工業生産は、地域の自然環境や先人の工夫、国内外の他地域との結び付き(分業や貿易)によって支えられており、それらは人々の消費生活や持続可能な社会の発展と深く関わっていることを統合的に理解している。」

【思考・判断・表現の総合的発揮】の例:
「地域の産業や国土の様子に関する複数の不確実な情報や統計資料を比較・関連付け、『持続可能な生産と消費』の観点から自らの生活や地域の課題を捉え直し、解決に向けた調和的な選択肢を多角的に考えて表現する力。」
中学校(地理分野)世界や日本の諸地域をバラバラに暗記するのではなく、空間的なつながりを捉える力へ昇華させます。
【世界の諸地域・環境問題】個別知識: アマゾンの森林破壊、地球温暖化と島国の危機
中核的概念: 「ある地域での人間活動や開発は、地球規模の環境や遠く離れた別の地域に影響を及ぼし、世界の動きもまた自らの地域に影響を与える(地球規模の相互依存性)。」
【生活文化の多様性】個別知識: 各地の宗教、食文化、住居の工夫
中核的概念: 「人々の生活文化は、その土地の自然環境や歴史的背景に適応しながら形成されており、独自の合理性と価値を持っている。」


概念:「地球上における人間の営みは、環境の持続可能性や、地域間・国際間の相互依存関係、場所ごとの空間的特性(スケールの変化)によって規定され、またそれらを変化させていることの統合的理解」
発揮される力:「ハザードマップや動態統計を往還し、防災や地域活性化の課題に対して、『ローカルな課題がグローバルに与える影響』を見通して最適な合意形成案を構想する力。」
中学校(歴史分野)年号や事件名の暗記から脱却し、時代の転換期にある「因果関係」や「大まかな構造」を捉えます。
【近代化と社会の変化】個別知識: 欧米の市民革命、明治維新、日本の近代化
中核的概念: 「社会が大きく近代化(工業化・民主化)する背景には、技術の進歩や新しい思想の普及があり、それは人々の生活の利便性を高める一方で、新たな社会格差や対立を生み出す。」
【国際秩序の動揺と平和】個別知識: 第一次・第二次世界大戦、国際連盟・国際連合の発足
中核的概念: 「国家間の利害対立が深刻化すると大規模な衝突が起こるが、その惨禍への反省から、常に国際協調や平和を維持するための新たなルールや枠組みが模索されてきた。」


概念:「歴史上の事象は、単一の因果関係ではなく、政治・経済・文化などの複数の要因が複雑に絡み合い、かつ異なる立場や背景を持つ人々の意図によって展開し、それが現代の社会構造や自らの価値観に繋がっていることの統合的理解」
発揮される力:「異なる歴史資料(一次史料等)の信憑性を批判的に検証・捉え直し、歴史の転換期における人々の選択の背景を多角的に推論・説明する力。」
中学校(公民分野)概念:「民主社会における対立や課題の解決は、効率(手続きや資源の有効活用)と公正(個人の尊重や正義)の原理、および法や決まりの機能、合意形成のプロセスに基づいていることの統合的理解」
発揮される力:「希少な資源の配分や対立する権利の調整が必要な現代的課題(少子高齢化、財政問題等)に対し、他者と協働しながら、制度の望ましい在り方を多角的に評価・構想する力。」
高等学校(地理総合)【地理総合:持続可能な地域づくり】個別知識: 各地の限界集落、コンパクトシティの事例、防災対策
中核的概念: 「持続可能な社会を維持するためには、地域の人口構造や自然条件といったデータを正しく吟味し、複数の選択肢のメリット・デメリットを比較して合意形成を図る必要がある。」
高等学校(歴史総合)【歴史総合:現代的な問いへの接近】個別知識: 冷戦の終結、グローバル化の進展、ナショナリズムの台頭
中核的概念: 「現代社会が抱える諸課題(紛争、経済格差など)は、過去の歴史的な選択や構造的な変化が地続きで積み重なった結果であり、歴史的な背景を理解することが解決の糸口となる。」
概念:「近代化、大衆化、グローバル化などの構造的変化は、世界の結び付きを強めた一方で、新たな対立や格差を生み出し、それらが現代世界の諸課題の基層をなしていることの統合的理解」
発揮される力:「現代の国際紛争や社会問題の起源を、近代以降の歴史的プロセスの変容の中に位置付け、自らの立ち位置(立場性)を客観的に捉え直しながら、持続可能な未来への問いを主体的に設定し追究する力。」
高等学校(公共)【公共:民主政治と経済活動】個別知識: 財政赤字、少子高齢化と社会保障、円高・円安の影響
中核的概念: 「限られた社会の資源(財源や人材)をどのように配分すべきかという問いには唯一の正解はなく、公正(手続きの正しさ)と効率(成果の大きさ)のバランスを考慮し、自ら主体的に選択・参画し続けなければならない。」
概念:「法、経済、政治の各システムは、人間の尊厳と平等を保障し、幸福な社会を構築するための『道具(協働の枠組み)』であり、社会の変容や価値観の多様化に応じて常に再構成され得るものであることの統合的理解」
発揮される力:「正解のない現代的な倫理・社会課題(AIの倫理、生命倫理、格差問題等)について、自己の利益を超え、公共的な主体(エージェンシー)として社会制度の望ましい選択や改革案を論理的に合意形成する力。」

授業実践へ向けて

 この「高次の資質・能力」は、子供たちに暗記させる新たな文言ではなく、単元をデザインし、網羅主義から脱却するための「ゴールテープ」です。

① なぜ「知識の統合」と「思考の総合」が必要なのか?

 現行指導要領では、「知識」と「思考力」を細かく分けて指導・評価しがちでした。しかし実際の社会では、「単発の用語(知識)」を知っていても、「データを分析する技術(思考力)」があっても、それらが結びつかなければ課題を解決できません。
 次期改訂の「高次の資質・能力」は、「〇〇という概念(本質的な仕組み)を深く理解しているからこそ、××という複雑な未知の課題に対しても、知識を総動員して多角的に判断・構想できる」という、子供たちの頭の中で知識と思考が有機的に結合した状態を目指しています。

② 授業改善(主体的・対話的で深い学び)における役割

 例えば、これまでは「歴史総合」で、冷戦の終結やグローバル化の事象を時系列に全て網羅して教えていたとします。これでは時間が足りず、深い学びには至りません。
 「高次の資質・能力(例:グローバル化は結び付きを強めるが、同時に対立も生む)」をあらかじめゴールとして意識していれば、先生方は教科書にある全ての細かい知識を教え込もうとする必要はなくなります(網羅主義の緩和)。
 代わりに、「なぜインターネットの普及で世界が繋がったのに、民族対立や分断が深まるのか?」という「本質的な問い」を1つ提示し、生徒に資料を比較させ、レポートやプレゼンを通じて「自らの考えを客観的に捉え直す(外化)」時間を十分に確保できるようになります。

③ 「自己調整学習」との接続

 「高次の資質・能力」が明確化されることで、子供たち自身も「今、自分たちは何のためにこの単元を学んでいるのか(目指すべき高次のゴール)」を認識しやすくなります。これにより、単に先生に言われた課題をこなすのではなく、「この概念を深く理解するために、自分はどの資料をどう読み解けばよいか」を自分でコントロールする「自己調整学習」が可能になります。

指導者が授業で「中核的概念」を働かせるためのポイント

  1. 「問い」による揺さぶり
    「円安と円高はどちらが良いか?」「なぜこの地域ではこのお祭りが続いているのか?」といった、子供たちが考えたくなる「本質的な問い」を1時間の授業、あるいは単元の中心に据えます。
  2. 確かな情報に基づく追究・外化
    タブレット端末等も活用し、信頼できる統計データや地形図、歴史史料などを子供たち自身が「比較・吟味」し、レポートやプレゼンとして自分の言葉で「外化(アウトプット)」させます。
  3. 概念の獲得(まとめ)
    単元の終わりに「つまり、社会の仕組みってこうなっているんだね」と、子供たち自身がバラバラだった知識を統合して、上記の「中核的概念」に自力で気付く(あるいは教師が価値付ける)プロセスを踏みます。 [1, 2, 3]

これにより、仮に「テストが終わって個別の年号や用語を忘れてしまった」としても、社会人になったときに「物事を広い視野で比較する視点」や「対立する意見を整理する力」といった、文字通り生きて働く「高次の資質・能力」が子供たちの地頭(知の骨格)として残り続けます。

出典:教育課程部会 社会・地理歴史・公民ワーキンググループ[ONLINE]https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo3/109/index.html(cf.20260516)

 

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